理由の理由の続き

ゆっくりと顔を起こした。オレ,まだ生きているんだろうか?正直そう思った。
背後でおそらくドアを開けたやつの野太い叫びが聞こえる。
すぐにワラワラと人が集まってきた。

私はまだ,自分が無事だったことを確かめていた。かなり動作が緩慢だったと思う。
それが回りの人々をいっそう心配させたのだろう。

Are you OK?

右ひじと右ひざにチリチリと熱い感じがあるのに気付いたが,あとはなんともない。

Ye…Yeh, I am all right. I am all right.

立ち上がろうとしたが,回りに制止された。

「動くな!動くな!」

「本当に大丈夫か?」
「どこか痛むか?」

それぞれが勝手に話しかけてくる。
回りに軽傷であることを理解させるのにしばらくかかった。

じゃあ,立てる?
ああ,大丈夫。立てるよ。

ということで,私はよろよろと立ち上がろうとしたが,すでに両脇を誰かに支えられていた。
自分で歩いたんだか,操り人形のように足を浮かせたままだったかは,よく覚えていないが,とにかく歩道まで運ばれた。

周辺は基本的には住宅街なのだが,事故現場はたまたまカフェと八百屋と何かの事務所が並ぶ小さな商店街。道の向いは住宅で,50mぐらい離れたところにやはり小さな商店が数軒,これも片側のみである。(昨日の写真参照)

どうりで,人がすぐ駆けつけてきたはずである。その中の一人は八百屋のお姉さんで,隣のカフェと掛け持ちで店番をしている。みるからにイタリア系。今年のアカデミー主演女優賞候補になったVolver主演のペネロッピ・クルスを上から押しつぶして2/3に縮めたような顔と体形である。(失礼)

「はい,そこに腰掛けて!」お姉さんは,歩道に出してあったカフェのいすを指し示した。
「水飲めば?」コップに水を入れてもってきてくれる。
「痛む?そんなでもない?でもね,今は痛くないものよ。アドレナリンが出てるからね。あとでもっと痛くなるのよ。」
ほとんど救急隊員である。
「今日はもうバイクに乗っちゃだめよ。誰かうちの人呼んで。迎えに来てもらいなさい。」
「はい,お水お代り」一人で仕切っている。しかも的確。働き者のイタリア女の面目躍如である。

誰かが救急車呼ばなきゃと叫んでいる。
「いや,いいよいいよ」と断ったが,すでにもう誰かが電話をしている。

数分で救急車が到着。その後すぐパトカーも駆けつけた。

救急隊員は,傷を調べ,他にどこか痛くないか。頭を打ってないかなどをチェックした。
言い忘れていたが,ダメージは右ひじと右ひざの擦り傷。これが一番ひどい。
右ひじは,ひじから腕にかけて,15×5センチぐらいの楕円状に,右ひざは3×5ぐらいだが,ひじより深い感じ。
あとで気付いたが,ひざは打撲も伴っていた。擦り傷の周辺が後日腫れた。
それから,左の二の腕上部,ほとんど肩といっていい部分に打撲。鈍い痛み。ドアに当たったのだろう。
右脇そばの二の腕に軽い擦り傷。左中指第一間接に2ミリ四方ぐらいの擦り傷。
これだけかなと思ったら,救急隊員が右腹下部を指差し「これは?」
あれ,ここにもふた筋,打撲とも擦り傷ともいえる跡がある。これはこのあと痛くなって当日一番心配した。
救急隊員がその他もチェックしたら,不思議なことに,腰にも黒い汚れのような擦り傷があった。倒れた後,自分のバイクが当たったのだろうか?それとも,後述する,後続の車のタイヤハウス内張りが当たったのか?

救急隊員は,とりあえず重傷ではないと判断すると,
「我々ができることは,あなたを病院に連れて行くことだけなんだけど,どうする?」
という。念のため行くのもいいけど,それよりは帰っていち早く休むにしかずと判断して,病院にはいかないと拒否した。
もう一人の隊員がタブレットPCでいろいろ記録を取っていたが,自ら搬送を拒否したことを記録として残し,サインさせられた。タブレットにスタイラスペンで直接サイン。進んでるね。
じゃあ,我々はこれでと帰りかけたので,「あのー,この傷,何にもしてくれないの?」と聞いたら。「ああ,して欲しい。そうだね,ハエもたかってるし,じゃあ,包帯でも巻くか。」ということで,ガーゼをあてて,包帯を巻いてくれた。「傷はなるべく触らないように。クスリとかつける必要はないよ。この包帯もあんまり長いことしていないようにね。乾けば痛みは引くから。」といわれた。

一方,警官は,事故の当時者から事情聴取。その時点まで誰がドアを開けたか,わからなかったが,警官に解放された小太りのお兄ちゃんがやってきた。こいつがドアを開けたのか。
「大丈夫か?頭とか打ってないよね?」ととても心配そうにしている。
もう一人,もっとパニックになっていたのが,後続の車の運転手。これは50代のおばさんだった。
「私,あなたにぶつけた?当たってないわよね?本当ね?ああ,よかった!」
ちょっとでも当たっていれば,このおばさんも責任の一旦をかぶることになるのだろう。

しかし,このおばさんには感謝しなくてはならない。
当てたか,轢いたか,分からないほど,きわどくよけたということである。よくぞよけてくださった!
なんと,彼女は私が転倒したら,とっさに右によけたのである。幸い対向車がなかったので,事なきを得たが,もし対向車がいたら,その車や,その後続の車も巻き込んでいたかもしれないし,あるいは,仕方なく,私が轢かれていたかもしれない。まさに奇跡であった。
車はルノーのステーションワゴン。なぜか,左前タイヤのタイヤハウスのプラスチック(あるいは鉄板?)の内張りが外れて,私のすぐそばに落ちていた。

警官は私のバイクと接触して,これが落ちたと判断しているらしい。確かに当たった跡もあるという。しかし,こんなところがどうして脱落したのか?私が思うに,急ブレーキと急ハンドルで,車輪が沈み込み,タイヤが内張りをむしり取ったのではないかと思っている。

最後に私のバイクだが,買ったばかりのバックミラーがどこかにもげて,飛んでなくなった。
それからハンドルバー先端に,牛の角状に付けたグリップバーのうち左のグリップバーが著しく立っていた。これが後続の車と接触した跡と警官は言っていたが,位置と方向から考えて,これはどう考えても最初のドアとの衝突の結果だろう。
基本的にはこれだけだった。これも奇跡だね。

警官は最後に,自分自身と事故に関わった二人のドライバーの連絡先を書いて,渡してくれた。

今回のことは,ドアの開いたタイミングは最悪だったが,それ以外は奇跡的にすべていい方に転がった。また,とにかく,回りの人々がみんなすごく良くしてくれたと感じた。当事者もパニック状態だったろうに,適切な処置をしてくれた。加えて,私自身もドライバーであり,自分だって魔が差せば,こういう不注意をやらかす可能性がある。そう考えると,ドアを開けた当事者であるこの小太りのお兄ちゃんも,あんまり責める気にならなかった。軽傷ですんだのに,ものすごく心配しており,かえってこちらが気の毒になってしまった。
あきらかにドアを開けたこの男が悪い。今後は気をつけてもらいたいものだ。同時に私自身も,これからはもっと気をつけたいと思った。特に自転車に対して。

それにしてもである。
ここまで順調にやってきた自転車通勤が,思わぬところで頓挫してしまった。この状況で,また自転車通勤を再開するというのは,いくらなんでも家族に対し無責任である。これ以上心配をかけることは出来ないし,またこんな事故に巻き込まれる可能性,そのときの影響。考え出したらもう続けるとは言えなかった。こんなに早く頓挫するとは。このことが私を非常に落ち込ませ,他人を責めたり,憎んだりという発想に全く至らなかった。

携帯で妻を呼んで,車で迎えに来てもらった。帰宅の途上,自転車通勤の中止を決意した。

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