手塚治虫トリロジー(3): 越後屋

代官:「して, 手はずはどうじゃ? 感づかれてはおるまいの?」

越後屋: 「ははあ, 抜かりはございません。奴もすっかり信用しておりますようで。」

代官: 「ふっふっふっ, 越後屋, おぬしもワルじゃのう」

越後屋: 「いえいえ, お代官様ほどでは」

代官: 「ぬけぬけと申すわ! はっはっはっはー」

恐れ入ります …の越後屋ではない。

実はもうメルボルンに帰ってきた。これを書き始めたのは成田のラウンジの中だったが, 冒頭を書いたところで出発時間が来てしまった。

西武池袋線, 富士見台の駅から, 前回のガチ街中華, 純華に行く途中。純華より手前, 道路の向かい側に越後屋という店がある。

越後屋, 別にワルではございません, お代官様。基本, 肉屋である。それもステーキ肉とかも扱う, 本格的ブッチャーなのである。このブッチャー, 洒落た名前をつけちゃって,「ビーフギャラリーエチゴヤ」だとさ。本格的というのは, たとえば, ショーケースに, まだ売る状態じゃない肉の塊がドンと置いてあったりする。「これ2センチ幅で2枚!」とかという注文もこなしそうだ。

でもって, このビーフギャラリーは3部構成になっていて, 2階は自前の肉でおもてなしするレストラン。そして, 1階の敷地, 半分は本格的肉屋だが, もう半分はカレーショップになっている。

手塚治虫とのつながりであるが, 閉店時にこの肉屋のシャッターをみると分かる。シャッターは左右2枚あるが, 向かって左側には鉄腕アトムなど, 手塚治虫の漫画のキャラクターが描かれている。そして右側のシャッターには以下のような口上書がある。一字一句そのまま掲載する。

<<手塚治虫と越後屋ビル>>

1970年当ビル完成時より1976年まで当ビル2-3Fを株式会社手塚プロダクションが借用され漫画家手塚治虫氏が制作室として使用されました。

左の絵は, 1973年頃手塚治虫氏の展覧会に出店されてキャラクター集の一部です。手塚氏直筆のオリジナルパネルで, 手塚氏より当ビルオーナーに寄贈さあれたものを再現しています。

ということで, かつてここで手塚治虫が仕事をしていたということ。ここであれ?っと思ったのだが, 虫プロではなく, 手塚プロという言葉が出てくる。これは私の不勉強だったので, 調べてみると。

まず今まで無知だった私は「手塚治虫の作品を世に出していたのが虫プロで, 虫プロはもう存在しない」という認識だった。

このトリロジーの1回目で虫プロを紹介したときに, この私の認識が全く間違っていたことを書いた。実際には虫プロは今でも存在するが, これは1997年に設立された新生虫プロである。旧虫プロは1961年にスタートし, 1993年に倒産している。と, ここまでは「手塚プロ」という言葉は出てこない。そこでさらに詳しく調べてみると。こういうことだ。

まず1961年に手塚治虫が虫プロの原型である「手塚治虫プロダクション動画部」を設立する。 これは名前が示すとおり, 手塚作品の動画, すなわちアニメーション専門のプロダクションであるが, 「手塚プロダクション」の母体ではない。なぜなら, これが翌1962年, 株式会社虫プロダクションとして法人化されるのだ。つまり手塚治虫プロダクション動画部というのが虫プロの前身である。

1966年, 版権・出版・営業業務を請け負う子会社として「虫プロ商事」が設立される。

そして, 手塚プロダクションである。1968年, アニメの虫プロに対し, 漫画制作部門を担当する別会社, 手塚プロがスタートする。

この手塚プロ, 当初, 中野区上鷺宮を拠点としていたが, 1970年から1976年まで, この越後屋の2階と3階を間借りして活動していたという。特に3階は手塚治虫専用の仕事場で, 2階は事務所とアシスタントの仕事場だったようである。また, 手塚プロができた背景としては, 当時手塚治虫はアニメも漫画も掛け持ちしていたが, アニメの仕事があまりにも多忙で, 漫画を一人で落ち着いて描く場所が欲しかったため, 独立した会社を作ったということのようである。この辺については, こちらが詳しい。

https://tezukaosamu.net/jp/mushi/201002/column.html

後に手塚プロもアニメ制作に乗り出したりして, 話がさらにややこしくなるのだが, 越後屋についてはここまで分かれば充分だろう。もしもっと詳しく知りたい方はWikipediaで調べていただきたい。

さて, ワルじゃなかった, 肉屋の越後屋, 2階は高そうなので, 下のカレーショップに入ってみた。

カウンターのみの小さな店である。カレーショップというのだから, 当然メニューの最初にカレーが3種。いずれもスペシャルビーフカレーで, 上から括弧なし, 括弧「辛口」, そして括弧「大辛」である。スペシャルでないカレーはないのでスペシャルに意味がないと思うのは私だけだろうか?

あれ? カツカレーはないのかな? と思ったら, 上記スペシャルカレーにトッピングという形で追加するのであった。トンカツはロースとヒレが選べ, それ以外にサーロインステーキ, チキンカツ, メンチカツ, コロッケ, 牛シャブ肉, チーズ, コーン, 生卵を追加できる。

さらにランチメニューとして丼もの, 各種定食(といっても基本肉系)があった。肉肉肉! のわかりやすい店である。

私は大辛にロースカツを追加してオーダーした。味は「スペシャル」を付けるだけあってなかなかのもの。日本に帰ったら必ず食べたいものの一つが日本のカレーである。メルボルンに居れば, インドやタイのカレーなどは簡単に手に入る。もちろん日本のカレーもだけど, やっぱり日本で美味しいと評判のカレー屋で食べるカレーがいいのだ。

まあ, 難を言えば, 大辛は本当に辛くて, 辛いもん好きの私にとっても「越後屋! お主もやるな!」という辛さであったが, ここまで辛いと「スペシャル」の味わいがちょっと消されてしまうかと思う。辛口がベストだったかもしれない。次回は迷わず辛口にしよう。

あと, 私は個人的にはカレーに福神漬を付けるのが嫌いである。越後屋はさらにラッキョウまでつけてきおった! 不届き者!

また手塚治虫のことは頭から吹っ飛んでいた。

越後屋, また会おう。

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