昭和の年数=父の年齢

令和になる前年(つまり平成30年=2018年)に他界した私の父。 今日1月17日が誕生日。そして令和の前の平成の, そのまた前の昭和の, さらにその前の年号, 大正14年生まれである。

大正15年に改元して昭和元年になったので, 大正14年というのは昭和0年となる。つまり父は元旦からの16日間を除けば, いつも昭和の年数と同じ年齢で, とても計算が簡単というか, 昭和のあいだは計算不要であった。

そして今年, 令和6年は昭和がそのまま続けば昭和99年となる。つまり今日, 父は99歳になったはずだ。で, 来年はいよいよ100歳か!

ということで, 60年ちょっと前の幸せそうな父(推定)の写真を1枚。ちなみに父の趣味のひとつがカメラであったので, 父が写っている写真というのは大変めずらしい。この写真はおそらくセルフタイマーで撮ったものだろう。これが昭和のセルフィーだ。

被写体が全体に左に寄ってしまっているのも, セルフタイマーで撮った状況証拠だろう。

オリジナルは白黒。すでにカラー写真はあったけれど, 当時は高くて庶民には手が届かなかっただろう。AIでカラー化してみた。言わずもがなだが, このくるくるパーマのガキは私である。パーマは親の趣味。パーマに連れて行かれて, パーマ液が顔に漏れてきて大泣きしたことを今でも覚えている。

今, 父が残してくれた私の成長を記録したアルバム, 全12巻の整理をしている。東京中野の実家を処分したため, もう長期保存する場所が確保できない。すでに5巻を業者に依頼して一括デジタル化した。つい先日, 残り7冊のデジタル化を発注したところ。

これは父の30代前半から50代後半, そして弟の分を入れたら60歳ぐらいまでの父のライフワークだったといっても過言ではない。これを廃棄するのはいやだが, ではどこに保存するのかというと, その場所がもやはないのだ。しかし, 考えてみると, たとえデジタル化したところで, これを見直すような機会はそんなに多くないだろう。最悪なのは私が死ぬまでこれを残してしまったとき, 残された人にとって迷惑なことだ。でも, この写真のように, あとあとまで取っておきたいショットは少なからずある。こういう仕分けもしていかないとならない。これからは忙しそうだ。

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