熱い日の熱い戦い

誤字をあえて使う。暑いという字はメルボルンの真夏の日には似合わないから。熱いがぴったりくる。

その日も熱かった。
1994年の1月下旬のある日。

仕事から帰ったら妻が,ヘタばっていた。無理もない。
連日の35度超。当時借りていたフラットにはエアコンがなかった。
しかも4階建の一番上の階。ビル内の熱気がこもっていた。

テレビが点いていた。オーストラリアオープンテニス。女子準々決勝。
伊達公子の対戦相手はスペインのどすこいネエチャン,コンチータ・マルチネス。

アナウンサーが「Date」という名前をちゃんと発音できず,「デート」とか「デーティ」とかいうのが耳障りだった。
さらには「Kimiko」もちゃんといえない。ほぼ99%のアナウンサーが「クミーコ」と発音していた。

暑さと,確か内耳の炎症に苦しんで,もうひとつショットに正確さを欠いたコンチータ。ミスが目立つ。
プロはそんな隙を絶対に見逃さない。伊達は苦しい場面もないわけではなかったが,執拗にくいさがり,堂々と力のテニスを受けて立ち,ライジングショットで勝負を賭けた。拾いまくり,相手のミスを待った。コンチータは粘りがなく,ミスがミスを呼び,ついに伊達に粘り切られてしまう。
伊達公子がコンチータを下し,グランドスラム大会でベスト4に進出した瞬間だった。

こんな日本人の女の子がついに出てきた。
その前年だったか,2年前だったか?実際に彼女の試合をセンターコート,Rod Laverアリーナで観戦している。
日本人選手としては決して小さい方じゃないだろうが,世界を相手にすると,さすがに小柄な女の子にしか見えない。
そのときは健闘むなしく,相手に敗れている。
それから,ここまで成長してくるとは。

くじ運悪くというべきか,準決勝は当時の女王,シュテフィー・グラフ。
さすがにこれにはかなわなかった。

しかし,準決勝は,この日に比べれば,涼しかったような気がする。
もし,準決勝もそのときのように熱かったら?スポーツに「たられば」はないけど,そんなことも考えてしまう。

あれから15年後。来年1月。伊達公子がメルボルンに帰ってくる!
すごい。すごい人だ。

日本のテニス界は,この15年。いったい何をやっていたのだろう。
後継者と目された杉山愛。確かにがんばっていたし,ダブルスでは大成功した。
しかし,伊達を超えることはできなかったと言っていいだろう。
いっそ,来年は伊達と組んでダブルスに出てみたらどうだろうか?

他にも何人か日本人選手が出ているけど,伊達の比ではない。特に今世界を転戦している数人の後が続かない。
それが証拠の伊達の全日本優勝。
もちろん,日本人のトッププロの何人かが不在ではあったろう。伊達は確かに,かつて世界ランク一桁の選手だったろう。とはいえ,こんなにブランクが長かった選手に,復帰してすぐ,全日本選手権を奪われるなんて。どうなっているんだ。日本の選手層の貧弱さが露呈されたといっていい。

こういうチャンスに,逆に伊達をキリキリ舞いさせるような新星が現れるようでなくては,明日はない。

はっきり言う。日本人は弱すぎる。こんなことでは,これからも,いい選手は出てこない。
殆ど全部の競技にそれが言える。
精神主義云々などと言っている次元がすでに低すぎる。
勝つことに渇。あくまで勝つことにこだわる。目的のためには手段を選ばない。
人を蹴落とし,時には汚いことをしてでも勝つ。
自分に不利だと思うなら,政治的に手回しして,ルールを自分に都合がいいように変えさせてから戦う。
そういう図太さ,しつこさがない。

美しい体操ができないから引退?
だったら強い体操を目指せばいいじゃないか。
それができないなら,汚い体操を目指したっていい。

相手を徹底的にマークし,眼(ガン)を飛ばし,悪口陰口で翻弄し,心をズタズタにし,時には毒を盛ってでも,勝つ。
勝てばいいのである。憎まれたって構わない。勝ったものの勝ちである。スポーツマンシップとは,そういう勝つために手段を問わないことを言うのだ。
きれいごと言ってる場合じゃない。勝てない奴は,去るのみだ。

こんなことを言うと,必ず文句をいう奴が出てくるだろう。

もちろん,これが私の本心ではない。

キレイに勝てるなら,それはそれに越したことはないと思う。さらにいうなら,これは本人の問題であり,こんなことまでして勝っても仕方ない。満足できない。後味が悪い。そう思うなら,それはそれでいいのだ。

しかし,世界に出たとき,そういう考えのアスリートは,ごくごく少数であり,上記のような,ルールも何もあったもんじゃないみたいな考え(程度の差はあるだろうが)を持った者が大部分だということを知っておいた方がいい。そういうことだ。そういうやつらは,勝てればハッピーであり,どんな手を使っても良心が痛んだりしない。負けた奴がドジなのよ!と思っているはずだ。
日本に引きこもっている限り,それを身をもって知る機会はない。
だから,あっさり伊達に全日本選手権を持っていかれたりするのである。
伊達にしてみれば,幼稚園児相手に闘っているようなものだったろう。

そういう意味で,伊達の復帰の第一目標「若手に刺激を与える」は見事に達成された。
これに触発されて,超新星が突出する日が来ることを期待する。

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