メルボルン在住30年の誕生日

通常,このブログは「である調」で書いていますが,今回は皆様へのメッセージということで「ですます調」で書きます。

主に,Facebookを通じて,たくさんの皆様からお祝いのメッセージをいただきました。海外在住の私にとって,20年前にはこんなことはあり得ないことでした。テクノロジーの進化で,こんなことが,当たり前となりました。当たり前とはいえ,現実にこれだけたくさんの方からメッセージをいただけたこと,本当にありがたいと思っております。

つい半月ほど前ですが,Victoria州の運転免許の更新手続きのレターが来ました。そしてそのレターの指定どおりに手続きした結果,先週新しい運転免許が届きました。コロナ禍の折,写真はいままで使用していたものをそのまま使えるということでした。それ以外の選択肢もありましたが,その場合,役所に出向いて写真を撮ってもらったりと,面倒なので,写真の継続使用を選びました。

新しい運転免許

ところで,この免許の有効期限ですが,10年です。写真据え置きということは,約10年前の写真をこれから10年間使用するということですから,この新しい免許が失効するころには写真は20年前のものということになります。こんなんでいいのでしょうか?まあ,いいのでしょう。オーストラリアのお役所の面白さです。日本人から見ればいい加減ということになるかもしれませんが,案外こんなもんでいいんじゃないか?というのがこちらの考え方でしょう。いい悪いではなく。

この免許は私にとって4枚目のもの。ということはここに30年住んでいるということになります。ということで,これを節目として,少し私のオーストラリアでの略歴と,私達夫婦の近況について書いてみたいと思います。

私たち夫婦はちょうど30年前,1991年5月に,ここオーストラリア,メルボルンに移住しました。移住の理由はいろいろですが,大きな理由は二つです。一つは30年前の日本の住宅事情。二つ目は労働環境でしょう。私たちは新天地をここメルボルンに求めました。

大変ラッキーなことに夫婦二人,移住後3ヵ月で仕事を見つけることができました。

ここからは私についてのみ,仕事の事をざっと書きます。

日本では某大手コンピューターメーカーで,ソフトウェア技術者として働きました。10年在籍しましたが,後半5年間はC言語を使い,UNIX系のOS(オペレーティングシステム)の開発,保守を担当していました。

この経験を活かし,メルボルン移住後,最初に就いた仕事はC言語のプログラマでした。映画の特殊効果を作るためのシステム開発でした。

その後,別のプロジェクトに移ったりしましたが,1997年中ごろ,日本で言う人員整理で退職。その後約半年の失業生活を経験しました。もちろん人生初体験でした。

このとき,キャリアパスをプログラマーからソフトウェアテスターへと切り替えています。

1998年,コントラクター(派遣社員)として,ソフトウェアテスターのキャリアをスタートしました。プログラマー時代に得たプログラミングのスキルを活かし,いい仕事ができました。

これを礎石とし,別会社でソフトウェアテスターの正社員の座を獲得しました。この会社では実に16年半という長期間従事することができ,この間に娘を大学,大学院まで送り出すことができました。

この会社も最終的には人を切っていき,私もついに2015年末に退職を余儀なくされました。その後人生で一番つらい(?)失業期間を過ごします。

とかいいながら,実際にはメキシコ,キューバ,アメリカの旅など,結構楽しいことも体験しております。失職中に海外旅行って何なの?と思われるかもしれませんが,できるときにできることをするというのは長い目で見たとき,そんなに能天気なことではないと思っています。2016年という年は私にとって全くフルタイムの職を得なかった年となりました。

2017年に入り,前職時代の同僚から声がかかり,ちょうど18か月の失業から抜け出し,現在の勤め先に就職することができました。再びソフトウェア―テスターを再開することができました。2017年5月のことでした。娘は大学院に入っており,あと1年半で卒業というところまでこぎつけていました。

しかし,2018年,2019年は苦難の年となりました。2018年6月に父,翌2019年3月に母を相次いで亡くしました。二人とも寝たきり状態とか,入院の時期はそんなに長くはありませんでしたが,この2年間,および翌年の2020年は通算で半年近くを日本で暮らしました。この間,現在の勤め先が非常に寛大で,日本からのオンラインでの勤務をある程度認めてもらい,最終的には年次休暇を数日間マイナスに計上することで,欠勤なしという扱いにしてもらうことができました。本当にラッキーなことでした。

本日も,私のボスから誕生日のお祝いでケーキが自宅に届いています。仕事はそこそこ忙しく,それでいてちゃんと自分の時間が取れるほぼ理想的な労働環境です。その代わり,この歳になってもいまだ平社員として安月給に甘んじています。老後のことを考えるとまだあと5年ぐらいは仕事をつづけなくてはならないでしょう。

最後にコロナ禍について簡単に紹介します。オーストラリアは比較的人口密度の少ない独立した島大陸です。このことが幸いし,水際対策によって,新型コロナの感染者は低く抑えられており,感染拡大の兆候があったときは,素早くかつ厳しいロックダウン,さらには外出規制などの対策をして,感染者を抑え込むことに成功しています。ただし,そうはいっても規制が緩んだ都市に他の国,都市から人が流入するたびに,クラスターが発生するということを繰り返しており,その度にスナップロックダウンと呼ばれる数日から2-3週間の集中ロックダウンがかかっています。最近では7月中旬から最終週まで,12日間のロックダウンがありました。今でもロックダウンは解けたものの,同居人以外を家に招き入れることは禁止されています。外食はできますが,店舗の規模により人数規制が敷かれています。今はシドニーが深刻で,ロックダウンの真っ最中。あと数週間ロックダウンが続きそうです。

ということで,誕生日を迎えた今日,私はそこそこ元気でやっています。残念ながら,オーストラリアの厳しい規制により,当分海外への渡航許可は降りません。今年中は到底無理。来年もどうなるか?ひとえにワクチンの効果がどうなるか,さらには渡航先の国の状況にもよると思います。日本に行ける日がいつ来るか。これは日本のコロナの抑え込みがどうなるかが大きなカギになると思っています。

歳が改まったこの1年,基本的には過去1年とあまり変わらない生活が続くことでしょう。

今後も皆様とはSNSなどを通じてお付き合いいただくことになると思います。よろしくお願いします。

最後に重ねて,誕生日のお祝いメッセージ,ありがとうございました。

2021年8月3日

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