ピザとピザパイ

日本ではピザのことをピザパイと呼んでいた。今でも「パイ」をつけて呼ぶ人がかなりの割合だろうし,ピザパイと言われてびっくりする人もいない。
しかし,ピザはパイの一種ではないのである。イタリアに行って,ピッツェリアで,「ピザパイ」と注文しても,よほど日本人観光客ずれした店でなければ,何じゃそりゃ?ということになるし,最悪の場合,主人が出てきて,「よそにいきな!」と怒られるかもしれない。

私が生まれて初めて「ピザパイ」を食べたのは,おろらく小学生4年生前後だったと思う。場所は豊島園の遊園地の正門を出たところ。西武線豊島園駅前に,縁日の屋台に毛が生えた程度の露店スタンドが並んでおり,そのひとつでピザパイを出していた。
このときは,4歳上の従兄に豊島園に連れて行ってもらったと思う。その従兄とその弟(こちらは私より2歳年下だから,「いとこ」といっても「従弟」となる)と私の3人でその店に入った。
従兄は,現在でもコピーライターという横文字職業に就いているぐらいで,当時から流行に敏感だった。
「あそこでピザパイが食えるんだぜ,行こうぜ!」
というわけで,年下二人は何のことかわからないまま,ついていった。

直径20センチぐらいのピザ。とろけるチーズとトマトソースに,サラミが載っていたように記憶している。
従兄は,「これ,手で食うもんだぞ!」と見本を示し,一切れ手づかみで切り離すと口に運んだ。年下二人はそれに習った。
それから,見慣れない細長い赤い瓶がテーブルにあった。
「これは,すっごく辛いからね。ほんの一滴か二滴ですごく辛いから,かけすぎるな!」

それは,この世のものとは思えないほど辛かった。言わずもがな,タバスコである。
「これを十円玉につけて拭くと,あっという間にピッカピカになるんだよ。すごく強いんだ」

舌がただれそうだったが,それでもピザパイにはタバスコをつけるものだと,そこで刷り込まれ,我慢して食べた。
辛いのを除けば,ピザパイは育ち盛りの坊ちゃま方には大変美味であった。

世の中にはいろんなものがあるんだなと思った。

それと前後して,うちの近所に中野ブロードウェーという,当時(1966年)としては画期的なショッピングモールができた。ちなみに実際にはショッピングセンター兼住宅の10階建てビル。5階以上は住宅になっていて,青島幸雄や,ジュリー,キャロライン洋子などが住んでいるので有名だった。
中野の住人の自慢といえば,この中野ブロードウェーと,そのさらに7年後(1973年)にできた中野サンプラザである。
今ではブロードウェーは2階から上は「まんだらけ」に占領されてしまい,オタク・コスプレ御用達の異次元空間,あるいは,変な外人が来る観光スポットと成り果てたが,当時はもうピッカピカの,日本中どこを探してもない,エキサイティングスポットだった。もちろん,地ガキがそう思っていただけだけど。
そのブロードウェーの地下にも開業後ほどなくピザ屋ができた。ピザ屋といっても,純粋イタリアンとかいうしゃれたものではなく,他にアメリカンドッグとか,ソフトクリームも売っている,これまたテキ屋とそれほど変わらないようなところだった。
しかし,当時のガキの味覚にとって,そこは世界一おいしいピザパイの店と信じていた。
ああ,中野に住んでてよかったと心から思った。

とにかく,そのころ,高度経済成長まっしぐらの日本人にとって,ピザパイはそのおまけのようにして日本に紹介された食べ物であった。

それにしてもピザパイ。いつ,誰が日本に持ち込み,どういう経緯で「パイ」がついてしまったのだろう。

この疑問に対する私の仮説はこうだ。

いままで見たこともないものが輸入されてきたとき,それに類似のものと結びつけて,その名前をつけて派生語を作るといういうのは想像に難くない。たとえば,「マグカップ」がいい例だ。私はここに移り住むまで,Mug Cupというのは正しい言葉だと思っていたのだが,やがて,誰かに指摘され,これは正しくはMugであり,Cupという語は付かないことを知った。日本人がMugを見て,大きめのCupだなということから,勝手にCupをつけてしまったのだろう。Mugは飲み物をいれる容器の一種であり,Cupより大きなものだが,Cupではなく,Mugという独立した種類の容器なのである。

だから,ピザパイも,多分,パイのようなものということで,「パイ」を付けて呼ばれるようになったのではないか?
いきなり「ピザ」と言われても,知らない人は何のことだかさっぱり分からないが,ピザパイと言われれば,とりあえず何か丸い形の食べ物だという想像がつき,都合がいい。

と,以上が私の解釈だった。しかし,最近,あることから,別の有力な仮説が出てきた。

先週の何曜日だったか,新しいチームに入って2週目。午後,何かのきっかけで,チームメンバーがピザの話をしだした。
ティムというやつが,

「今までで一番おいしかったピザは,シカゴのピザだね。こーんなに分厚くってさ,すごい味だった。」
などと話している。ところが背中で聞いていたら,いつのまにか,ピザのことをピザパイと呼んでいるではないか!

「え?アメリカ人はピザのことをピザパイっていうの?」
と思わず口を挟んでしまった。

「そうだよ。もっともシカゴのピザに限るけどね。シカゴに行ったことはあるかい?ない?そうか,行ってみなよ。そりゃあもう分厚いピザなんだから。実際ベース(生地)の縁もこうせりあがってて,パイの形してるもんね。そう,あれは実際パイだな。」

そうか!

ひらめいた。つまりこういうことではないか?

日本には,ピザはイタリアから直接伝わったわけではないのではないか。いや,昔はイタリアンレストランが皆無だったとは聞いたことないんで,日本でも本場のピザは昔から焼かれていただろうけど,流行りだしたときのそのピザはアメリカから来たものだったんじゃないか?
ちょうど,カレーがインドから直接日本に根付いたのではなく,英国式のものが日本に伝わり,日本独自の改良が加えられて定着したのに似ている。で,彼らアメリカ人は,「これはピザパイっていうんだ」と実際そう日本人に伝えたのではないか?

ということで,Wikipediaで調べたら,どうやらほぼ当たり。あるいは当たらずとも遠からじのようだ。
とにかく,日本にはアメリカ風ピザが伝わったと明記してあった。
イタリア移民によってアメリカにもたらされたピザは,アメリカで独自の発展をとげ,アメリカ北部を中心に,その土地その土地で特徴のあるさまざまなピザに変化していったのだそうだ。なかでもシカゴのピザは,その分厚さとそれによるトッピングの充実が群を抜いており,かなり有名らしい。それに対し,ニューヨークのピザは生地が薄く。クリスピーピザなどと呼ばれているようだ。

ただ,本当に日本に「ピザパイ」として紹介されたかどうかは,もうひとつはっきりしない。
英語版Wikipediaには「Pizza pie」という言葉は方言(dialectal)であると明記されている。つまり,英語圏のある地域でもピザパイという言い方をしているようであるが,通常はやはりPizzaと呼んでいるようである。たとえばDomino PizzaだってDomino Pizza Pieではない。
これが,ほぼ当たり,もしくは当たらずとも遠からじといった所以である。

そして,ピザを放射状に切って,手づかみで食べるのもアメリカ流のようだ。
してみると,ここ,オーストラリアのピザもアメリカ流だ。イタリアンレストランのピザでも例外なく放射状に切り込みが入っている。

蛇足だが,オーストラリアのピザにからんで,もうひとつ面白い話がある。
我が家の御用達,Pizzeria Rossiniにも,Pizza Hawaianなるものがあり,パイナップルが載っている。これはもちろんアメリカ人の創作で,本場のイタリアにはありえない。しかし,オーストラリアではかなり人気のトッピングであることは間違いない。特に子供受けがいいようだ。

ところが,これが近年イタリアにも逆輸入されたらしい。
きっかけは,ワラビーレジェンド,デイビッド・キャンピージである。ラグビーに詳しくない人もいるだろうから,少しくどい説明をすると,ラグビーユニオンのオーストラリア代表チームをワラビーズという(一人ひとりの選手は単数形でワラビーという)。そのワラビーズの1991年のワールドカップ優勝にも貢献した,名ウィンガーがDavid Campese。カタカナで書くと「デイヴィッド・キャンピージ」である。彼はイタリア系移民の子であり,あるとき(現役時代か?)イタリアに里帰りする機会があった。その地元のピザ屋で,パイナップルをトッピングに所望したのだ。オーストラリアでは普通に食べているので,普通のことと思ったらしいが,地元ピザ屋はびっくり。それでもラグビーで世界的に有名な彼に逆らえず,パイナップルを調達してピザを焼いた。
それ以来,地元ピザ屋もパイナップルの載ったピザを定番に加えたという。本当かうそかは知らないけどね。

それにしても,シカゴのピザ,いやさ,ピザパイ。一度食べてみたいものだ。からだに悪そうだけどね。

「ピザとピザパイ」への3件のフィードバック

  1. ピザパイ。40年くらい前に初めてピザ食べたとき
    そんな言葉きいた気がします。
    ものすごーく勉強になりました。

    1. ゆうさん,こんな昔の投稿にコメントいただき,ありがとうございます。これを励みに,また記事を書いていきたいと思います。本日,メルボルンのクリスマスイヴの写真をアップしましたのでご覧ください。

  2. ピザパイという言葉を検索していてこちらのページに辿り着きました。

    私はアメリカのニュージャージー州(NYCのすぐとなりです)に住んでいるのですが、この辺の人はピザのことを普通に「Pie」と呼びます。どうも米国ノースイースト地域の習慣のようです。ピザ屋さんで「cheese pie」とオーダーすれば、わからない人はいません。

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