太平洋を越えて来た大波

午前10時をちょっと回ったところ,毎日のブリーフィングが済んで席に着くと,スタッフ全員宛に,以下(原文のまま)のパラグラフで始まるメールが届いていた。As you probably know, the global economy and the US economy in particular has entered an economic slow down of historic proportions. This has resulted in reduced corporate spending which has hurt the revenue prospects of virtually all software companies. As a result, XXXX has been forced to implement cost cutting measures that include significant layoffs today.

「ご存知のとおり,今,世界,とりわけアメリカの経済は,歴史に残る大規模な不況に向おうとしています。これに伴い,企業は経費を節減しており,それが,ほとんどのソフトウェア企業の収益見通しを厳しいものにしています。こうした中,わが社(XXXXの部分)も経費節減に踏み切らざるを得ません。本日,その一貫として大規模な人員削減を行います。」

と前置きがあり,メルボルンのオフィスでは,1名が解雇されることになったと告げられた。私の会社はアメリカに本社があり,アメリカ,カナダを中心に,世界中の数箇所に開発拠点がある。メルボルンは1名で済んだので,ましな方で,他のオフィスではもっと大規模な人員削減が行われたようである。

その一名は,私より1ヶ月ほど遅れて入社したAngus(仮名)。すでに50代後半のポーランド出身のおじさんだ。席も近かったし,最初は私と同じ,QAとして働いていたので,会社でもよく世間話をする間柄だった。

ついにアメリカ発の不況の波が太平洋を越えてやってきた。
しかし,実をいうと,今回の波はメルボルンにはあまり及ばなかったが,そのかわりに,それより前に大波をかぶっているのである。しかも,もろに私のいたチームがかぶったのだ。

例のリーマンブラザースの破綻よりもずっと前から,すでにアメリカ経済は失速を始めていたのはご存知のとおり。大不況の予感はすでにあったわけで,うちの会社も今年に入って,開発拠点の集約が始まっていた。

7月末のある日,我々のプロジェクトの元締めであるカナダの開発拠点から,マネージャーが訪れた。私は偶然にも朝,エレベーターでその人と乗り合わせ,当たり障りのない会話をしていた。今回はどういう用件なのかななどと思っていた。

その彼が主催するミーティングが朝11時頃行われた。
開始直前,あれっと思った。ふっと人事担当の女性が入ってきたのだ。誰かに用事があって,ちょっと話しをしたら出て行くのかと思ったら,なんと壁を背にして立ったままである。これは何か,やばいことが起きると悟った。それまで,みんな冗談を言ったりしていたが,彼女が入ってきてから,次第に表情がこわばっていった。

そういえば,さっき会議室に向かう途中,別のチームの面々がうちのオフィスの一番大きな会議室に集まっていくのを見た。勘がいい人なら,この時点で悟っていただろう。つまりは,我々にこれから起きる何か悪いことを,対象外のメンバーに知らせるためのミーティングなのだ。いままでは,いつもあちら側にいる人間だったのに,ついにこっちに振り分けられてしまった。

カナダからの使者は,開口一番,
「実は,悪いお知らせをしなくてはなりません。残念ながら,メルボルンの開発チームを解散し,このプロジェクトの開発拠点をXXX(外国の別都市)に移すことになりました。」

思わず口が開き,はーっと息を吸い込んでいた。隣にいたビンキーという女性がその声に驚きこっちを振り返ったほどだった。

ついに来るべきものが来たか。この会社に入ってもうすぐ10年だった。今までにもずいぶん大きなリストラの波がやってきた。それをすべてうまく交わしていた。一度など,私の隣に座っているプログラマがスパッと切られたこともある。チームが半分近くまで縮小されたこともある。でもことごとく,危機を乗り越えてきた。しかし,今回はチーム全体がなくなるという話で,もう避けようがないのだ。

「皆さんの名誉のため,ひとこと付け加えておきます。これは,純粋な会社の決定であって,このチーム,あるいは特定のメンバーのパフォーマンスとは一切関係ない。実際,このチームはよくやってくれた。まったく落ち度はない。」

当時,オーストラリアドルが異様に強かった時期で,これが原因なのかと聞いた者がいた。答えは「それもあるが,それだけではない。」というものだった。それだけではなく,「会社の方針で,開発拠点を絞り,効率化を図らざるを得ない,そういう状況なのです。」と説明された。

問題は時期だった。

「一部のメンバーには残ってもらい,現在仕掛り中のリリースを出すまで作業を続けてもらいます。これに必要な半数弱の人は11月末まで残ってもらい,残りは9月第一週までとなります。」

つまりは,5週間後に半分以上の人間が消える。さらに3ヵ月後に全員がいなくなる。こういうことだった。

現在もう12月も中旬であるから,もちろん,このチームは解散して2週間となったところである。

結果からいうと,私は同じ会社の別チームに空きポジションが生じ,このポジションに就かないかというオファーを受け,数週間の回答猶予の後,これを受けることにした。なぜ猶予したかというと,やはりこの辺でこの会社を見限った方がいいかなと思ったことだ。しかし,諸般の事情から,最後の最後で翻意して,このオファーを受けた。このいきさつについては,また機会があったら書いてみたい。

私のチームリーダーの女性は早々同チームに空きを見つけ,こちらに異動していた。私は,消え行くプロジェクトを最後まで見守る役目を果たし,今月から彼女を追う形で同じチームに異動し,新しい仕事を始めたところである。

ということで,つまりは,波をもろにかぶりかけたが,今回もしぶとく波を避けて,脱出したということだ。
一応,これであと数ヶ月ぐらいは安泰だろう。

しかし今日のことで,会社はますます締め付けを厳しくしたことを実感した。Angusは来週いっぱいで退職だ。来年以降,まだこの経済の失速が続くだろうから,予断は禁物だ。少なくとも来年いっぱい。悪ければ,再来年も厳しい状況が続くんだろう。

また次の大波が来たとき,おそらく今度こそ避けられないと思っている。問題は私にふりかかってくるかどうかである。今回は,飛び出せず,やむなく波を避ける形となったが,次にふりかかってきたら,今度こそは飛び出さなければならない。それまでに,スキルを磨き,飛ぶ力を充実させておかなくては。そう決意する今日この頃である。

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